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大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)1263号 判決 1964年1月31日

控訴人 黒崎幸一 外三名

被控訴人 境サワ

主文

原判決を取消す。

被控訴人の主位的請求、予備的請求及び第二次予備的請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審ともすべて被控訴人の負担とする。

事実

控訴人等は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を、被控訴人は、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人等の負担とするとの判決を求め、なお第二次予備的請求として、控訴人黒崎幸一は別紙目録<省略>記載の土地の所有権を有しないことを確認せよ、控訴人中坊実は同目録記載(一)の土地の所有権を有しないことを確認し、控訴人中坊実と控訴人中村助次郎とは右土地につき大阪法務局堺支局昭和二八年一〇月二九日受付第九七九二号、原因同年一〇月二〇日売買、取得者中坊実なる所有権移転登記の抹消登記手続をせよ、控訴人岩井庄三郎は同目録記載(二)の土地の所有権を有しないことを確認し、控訴人岩井庄三郎と控訴人中村助次郎は右(二)の土地につき同支局昭和二七年一〇月九日受付第七三三四号、原因同年一〇月六日売買、取得者岩井庄三郎なる所有権移転登記の抹消登記手続をせよ、控訴人中村助次郎は同目録記載の各土地の所有権を有しないことを確認し、右各土地につき同支局昭和二七年三月二七日受付第一六四〇号、同控訴人名義の所有権保存登記の抹消登記手続をせよ、訴訟費用は第一、二審とも控訴人等の負担とするとの判決を求めた。

被控訴人は請求の原因および控訴人等の主張に対し、

一、別紙目録記載(一)の土地は堺市今池町六丁五二番地の二宅地一八六坪四合五勺とともにもと堺市浅香山土地区画整理組合地区内替費地第二三号四一六坪八合九勺の土地で、昭和一五年六月二〇日稲田一郎が右組合より代金一五、八四一円六銭を支払つて買いうけ、その所有権を取得し、同人は阿部儀平に右組合長の承認をえてその所有権を譲渡し、阿部儀平は昭和一八年六月四日右組合長の承認をえて被控訴人にこれを譲渡し、別紙目録記載(二)の土地は同組合替費地第五六号の土地で、昭和一八年一二月三日被控訴人が右組合より代金九、五一一円六八銭を支払つて買いうけ、被控訴人は右(一)(二)の土地の所有権者となつた。

二、控訴人黒崎は右組合に対し、同控訴人が被控訴人より右(一)(二)の土地を含む替費地の所有権を譲りうけたとして替費地権利者名義変更申請の上昭和二三年八月一三日右組合長の承認をうけその名義書換登録をし、控訴人中村は昭和二四年二月一七日右(一)(二)の土地を控訴人黒崎から譲りうけたとしてその旨の名義変更を右組合からうけ、右組合替費地第二三号につき堺市今池町六丁五二番地畑六畝二九歩と同町六丁五三番地宅地二〇七坪七合九勺の二筆として、同第五六号(右(二)の土地)につき堺市香ケ丘町二丁一番地宅地二九七坪二合として控訴人中村名義に保存登記をした後、堺市今池町の右二筆の土地を合筆の上右(一)の土地と堺市今池町六丁五二番地の二宅地一八六坪四合五勺に分筆し、ついで右(一)の土地につき控訴人中坊に対し昭和二八年一〇月二九日売買による所有権移転登記をし、右(二)の土地につき控訴人岩井に対し昭和二七年一〇月九日売買による所有権移転登記をしている。

三、しかし被控訴人は控訴人黒崎に対し、右(一)(二)の土地を含む替費地の所有権を移転したことはなく、ただ昭和二二年三月被控訴人がその以前に岸本要造から借りていた金一万円とその利息五、〇〇〇円の債務を同控訴人に肩替りしてもらい、被控訴人は同控訴人に元金一五、〇〇〇円を借りたことにし、利息月一割複利計算で返済することを約したところ、同控訴人は被控訴人に不動産の権利証等があるかなどといい、被控訴人が右組合替費地第二三号第五六号の権利取得を証する契約書二通を示すと、同控訴人はこれは預る、白紙に印鑑を押せ、印鑑証明書がいるとかいうので、わけのわからぬまま被控訴人はその要求に応じて右契約書二通を同控訴人に手交し、印鑑証明書は同控訴人自ら堺市役所より下付をうけ、被控訴人の夫が被控訴人不知の間に同控訴人の差出した白紙に被控訴人の印章を押捺し、その後同年六月一日被控訴人が同控訴人から金二万円を借りうけた際、同控訴人に要求されるままに印鑑証明書と白紙に被控訴人の印章を押捺したものを同控訴人に交付したがこれらはいずれも右各書類を単に同控訴人に預けたものにすぎないから、同控訴人はこれらを利用して右組合に対し権利者名義書換申請をし、右組合長の承認をえてその旨の登録を了したとしても右替費地の所有権が同控訴人に移転することはない。

四、かりにしからずとするも、右譲渡契約はわずか一五、〇〇〇円の債務を返済せぬときは当時の時価一〇万円を下らない右替費地を同控訴人の所有に帰属せしめんとするものであり、被控訴人の窮迫無思慮軽卒に乗じてなされたもので、かかる契約は公序良俗に反し無効である。

五、かりに右替費地につき被控訴人と控訴人黒崎間になんらかの契約が成立したとしても、その契約の内容は、同控訴人が昭和二二年三月被控訴人から前記書類を受領しながら一年以上も経過した昭和二三年八月右組合に対し名義変更手続をしていること、昭和二二年七月二六日同控訴人は被控訴人を債務者として金一五万円、弁済期同月未日、遅滞のときは強制執行認諾の旨の公正証書を作成し、弁済期までに被控訴人から金一三一、〇〇〇円を受領しながら右公正証書により強制執行の挙に出たこと、被控訴人の申請により右強制執行停止決定ありたる後同控訴人が右替費地につき右組合に対し同控訴人名義に変更登録申請をしたこと、同控訴人は控訴人中村にこれを転売しながら売得金を精算していないこと等よりみると、右契約は右替費地を以て控訴人黒崎一方の意思表示により完結する代物弁済の予約とみるべきところ、元来被控訴人の同控訴人に対する債務は、昭和二二年三月一日の岸本要造に対する金一五、〇〇〇円の肩替債務、同年六月一日の被控訴人の弟の結納金に関する金二万円の借入債務であつて、これに対する月一割の利息を加算しても、別紙支払計算表<省略>の通り金七二、四一八円の過払となる合計金一三一、〇〇〇円を支払い、右債務の元利金を完済していることになるから、右予約完結権は消滅し、同控訴人が右替費地を取得するいわれはない。

六、控訴人等主張の公正証書の作成されたこと、昭和二三年一二月四日大阪簡易裁判所において調停の成立したことは認めるが、右契約はいずれも無効である。

被控訴人は右公正証書作成に関与したことなく、またこれに記載のごとき債務を負担したこともない。しかも右公正証書は控訴人黒崎において昭和二二年三月被控訴人より受領した委任状を利用し、勝手に横田芳春を被控訴人の代理人として作成されたものであつて、かかる双方代理と等しい行為によつて作成された公正証書は無効であり、右公正証書の有効なることを前提として成立した調停は法律行為の要素に錯誤があるから無効である。

七、かりに右調停が有効なりとするも、右調停条項によると右替費地の所有権が同控訴人に帰属したことを承諾したものでないことは明であつて、同条項第四項によるも右替費地を被控訴人所有土地と指称し、債務不履行の際の右替費地の所有権の帰属関係を定めていないから、被控訴人に調停条項の不履行ありとするも直に右替費地の所有権が同控訴人に移転することはない。

八、堺市浅香山土地区画整理組合は昭和一一年一〇月一一日都市計画法第一二条にもとずいて設立されたものであつて、替費地とは、組合事業費にあてるため組合員より醵出せられた土地、すなわち組合員換地前の所有地坪数から組合経費調達のため必要な坪数を留保しこれを換地前に換価するための土地であるから、替費地処分は単なる私法上の売却処分であつて、行政処分たる換地処分とは異るものであり、また土地区画法制定前のことであるから「知事の認可をうけて新に所有権が設定せられる」ものでもなく、前記替費地第二三号第五六号はいずれも図面付で区画特定せられた完全な所有権として右組合より稲田一郎ないし被控訴人に売却されたものであり、登記なくともこれを譲りうけた被控訴人は右替費地の完全な所有権を取得したのである。

九、仮りに第二三号の替費地については、これを阿部儀平から買受けた昭和一八年六月、第五六号の替費地については組合から買受けた昭和一八年一二月三日、被控訴人が各その所有権を取得したものと認定されないとすれば、被控訴人は別紙目録記載の土地につき民法第一六二条第二項の取得時効による所有権取得を主張する。すなわち被控訴人は前記目録(一)の土地については昭和一八年六月より、同(二)の土地については同年一二月三日より現在に至るまで所有の意思をもつて引続き占有しあるもので、組合と稲田一郎との間の売買契約証書、組合と被控訴人との間の売買契約書にはいずれも土地売買契約証書とあり、その記載内容をみるに第七条に所有権移転登記に関し通常の売買契約と異る特殊な条項記載ある外は通常の売買契約書と相違する条項の記載なく、被控訴人は右契約締結と代金支払によりそれらの時期に所有権移転を受けたものと信じ、爾後所有の意思をもつて占有を継続したものであるから、占有の始、善意無過失であり、以後昭和二八年一二月二八日付訴状で控訴人中坊から被控訴人が代表取締役たる稲荷温泉株式会社が建物収去土地明渡の訴を提起せられた外は、時効中断の効果を生ずべき請求を受けたことがないから、別紙目録(一)の土地については昭和二八年六月、同(二)の土地については同年一二月三日、各所有権を取得し、爾後これを他に移転したことがない。

もつとも被控訴人の右所有権取得については未だその登記を経ておらず、他方控訴人中坊あるいは控訴人岩井を所有権取得者とする各登記がなされているが、同控訴人等の前者である控訴人黒崎が右各土地について実質上の権利を有したことがないことは、既に述べたとおりであるから、控訴人中坊、同岩井も実質上の権利を有せず、従つて被控訴人の登記欠缺を主張することはできない。のみならず、控訴人中坊は結局控訴人の権利の承継人であることに帰するから、民法第一七七条にいわゆる第三者に該当しない。

一〇、控訴人等は本件替費地について昭和三五年一月一〇日大阪知事の認可があり、同年四月一四日その告示があつたと主張するけれども、右知事の認可、告示の根拠法は耕地整理法第三〇条であつて、同法は昭和二四年八月四日施行の土地改良法施行法第一条により同日限り廃止されている。

よつて被控訴人は控訴人等に対し別紙目録記載の各土地がいずれも被控訴人の所有であることの確認を、控訴人中坊に対し同目録記載(一)の土地につき所有権移転登記手続を、控訴人岩井庄三郎に対し同目録記載(二)の土地につき所有権移転登記手続を求める。

もし右請求の認容せられないとすれば、

一、控訴人黒崎は昭和二三年八月一三日右替費地につき被控訴人より同控訴人に権利移転あつたものとして右組合の組合長の承認をうけ組合に登録してあるが、右は控訴人黒崎が被控訴人の印章の捺印されある委任状用紙を冒用して右組合に名義変更登録申請したのを受付けられたものであり、右替費地の所有権が被控訴人から控訴人黒崎に移転したものではない。控訴人中村は控訴人黒崎から右替費地を譲りうけたとして右組合の登録を了し、その後同控訴人名義の所有権保存登記をうけているが、右替費地につき控訴人黒崎が権利者でないとされる以上控訴人中村の権利は否定せらるべく、また同控訴人の承継人であるとする控訴人中坊、同岩井においてもなんらの権利をも取得するものではない。

二、右替費地につき控訴人中村を所有者として保存登記がなされているが、同控訴人は控訴人黒崎よりこれを譲りうけたというのみで右組合から買いうけたものでなく、控訴人黒崎も被控訴人から取得したというのみで右組合からこれを買いうけたものではない。右組合は右組合との売買契約における買受者またはその適法な承継者を取得者として知事に認可申請をなすべきで、右組合が買受者を控訴人中村として知事の認可申請をなし申請通り知事の認可がなされたとしても控訴人中村が右組合から買いうけたものでなく、かつ買受者たる被控訴人の正当な承継人でもない以上、右替費地が控訴人中村の所有に帰する理はない。従て右替費地につき控訴人中村名義の所有権保存登記は実体関係と一致しないものとして本来抹消せらるべきものであり、同控訴人が無権利者である以上その譲受人たる控訴人中坊、岩井は所有権を取得するものではないから同控訴人等の所有権移転登記は抹消せらるべきである。

三、被控訴人がかりに右替費地の所有権を取得していないとすれば、被控訴人は右組合に対しこれにつき被控訴人を所有者とする保存登記を求めることができるのであるから、控訴人等の前記各登記抹消につき被控訴人は重大なる利害関係を有するものである。

よつて被控訴人は控訴人等に対し第一次予備的請求として、控訴人中村助次郎に対し別紙目録記載の土地につきなした大阪法務局堺支局昭和二七年三月二七日第一六四〇号受付同控訴人名義保存登記の抹消登記手続を、控訴人中坊実と控訴人中村助次郎に対し別紙目録記載(一)の土地につきなした同支局昭和二八年一〇月二九日第九七九二号受付原因昭和八年八月二〇日売買取得者中坊実なる所有権移転登記の抹消登記手続を、控訴人岩井庄三郎と控訴人中村助次郎に対し同目録記載(二)の土地につきなした同支局昭和二七年一〇月九日第七三三四号受付原因同月六日売買取得者岩井庄三郎なる所有権移転登記の抹消手続を各求め、第二次予備的請求として冒頭記載の如き所有権不存在の確認と各登記の抹消を求めるものであると述べ、

控訴人等は答弁として

一、被控訴人主張の(一)(二)の土地がもと堺市浅香山土地区画整理組合の替費地であつてこれにつき被控訴人主張のごとき各登記がなされていること、右(一)(二)の土地については被控訴人主張のごとき経路により被控訴人がその権利を取得したことはこれを認める。

二、しかし右(一)(二)の土地の所有権が被控訴人に帰属したことはないのである。区画整理施行地区内にある土地を右組合が替費地として指定した場合には従前の所有者はその土地に対する使用収益の権能を失うが所有権は失わず、区画整理が完了し知事の認可およびその告示があつた日に右組合が原始的に替費地の所有権を取得するのである。従て替費地である右(一)(二)の土地につき大阪府知事の認可があつたのは昭和二五年一月一〇日であり、その告示のあつたのは同年四月一四日であるから、右組合は昭和二五年四月一四日その所有権を取得し、それまでは従前の土地所有者に所有権があつたことになる。そして右(一)の土地を含む替費地第二三号については、稲田一郎から阿部儀平、被控訴人、控訴人黒崎幸一、同中村助次郎へ組合長の承認を経て順次譲渡せられ、右(二)の土地である替費地第五六号については、被控訴人から控訴人黒崎幸一、同中村助次郎へ組合長の承認を経て順次譲渡せられ、大阪府知事の認可の告示のあつた後控訴人中村助次郎においてその保存登記をしたのであつて、右認可の告示あるまでの替費地の譲受人はこれを停止条件とする将来の所有権の譲受なる債権契約をしたに止り直に所有権を取得するものではないのである。

三、控訴人等において右(一)(二)の土地の所有権(控訴人黒崎においては前記の債権)を取得するに至つた事情はつぎの通りである。

控訴人黒崎は被控訴人に対し昭和二二年頃から利息年一割の約定で金融し、元利金一〇万余円となつた際被控訴人申出により右(一)(二)の土地を含む前記替費地第二三号第五六号を右債権の譲渡担保として譲受け、これに関する公正証書を作成し、被控訴人主張の各書類を受取つたが、被控訴人が弁済期たる昭和二二年七月にその履行をしなかつたため、同控訴人は右公正証書により強制執行をしたところ、被控訴人は異議の訴を提起しながらこれを取下げ、右債務につき支払猶予の調停を申立てた結果、昭和二三年一二月四日大阪簡易裁判所において被控訴人と同控訴人間につぎのごとき条項による調停が成立した。

(一)  控訴人黒崎は昭和二二年七月二六日付大阪司法事務局所属公証人下条小野右衛門役場第一〇五九五〇号の公正証書の債務名義を金七五、〇〇〇円に減額する。

(二)  被控訴人は同控訴人に対し右金七五、〇〇〇円の支払義務を認め、この支払期日を昭和二三年一二月二〇日とし左の方法で支払う。

(い)  内金五万円は被控訴人がさきに執行停止命令のため大阪司法事務局に供託した保証金(大阪簡易裁判所昭和二三年(分)サ第四六号)五万円を以て充当する。

(ろ)  残金二五、〇〇〇円は昭和二三年一二月二〇日限り同控訴人方住所に持参支払う。

(三)  同控訴人は被控訴人に対し第一項貸付金に関する本日までに被控訴人より同控訴人に交付したる手形および小切手全部を返還すること。

(四)  同控訴人は昭和二三年一二月二〇日までに右債権の担保のため同控訴人名義に変更せられた被控訴人所有の土地二筆の所有名義を被控訴人名義に所有権移転登録手続を浅香山耕地整理組合になす。

(五)  被控訴人は大阪地方裁判所堺支部に提起したる昭和二三年(ワ)第五九号強制執行異議事件の訴訟取下をなす。

(六)  同控訴人は右強制執行停止決定の保証金取下に同意する。

(七)  右事件の訴訟費用および調停費用は各自弁とする。

しかるに被控訴人は右調停による債務を履行しなかつたので、同控訴人は被控訴人に対し昭和二四年一月右譲渡担保物件たる右(一)(二)の土地を含む替費地を処分する旨通告し、同年二月これを控訴人中村に譲渡し、同控訴人は右(一)の土地を控訴人中坊に、右(二)の土地を控訴人岩井庄三郎に譲渡したのである。

四、右調停により同日までの被控訴人と控訴人黒崎間の紛争は一切解決し、確定判決と同一の既判力を有する調停調書に対しもはや錯誤による無効を主張しえないところ、被控訴人は右調停調書により右(一)(二)の土地を含む替費地に関する権利が同控訴人にあることを承認し、同控訴人は昭和二三年一二月二〇日までに弁済あるときはこれを被控訴人へ返還することをとりきめているのであり、その趣旨が譲渡担保であることは疑いなく、同日までにその弁済がなされなかつた以上被控訴人においてこれを取戻す権利はないのである。

五、被控訴人は昭和三八年二月一二日付準備書面により、本件土地の所有権を取得時効によつて取得したと主張するが、右主張は時機に後れた攻撃防禦方法であるから却下を求める。仮りに然らずとするも被控訴人は本件係争土地に関する権利を昭和二三年八月一三日控訴人黒崎に譲渡担保に供し、名義人変更願に捺印して同控訴人に交付し、名義変更をしたのであるから、仮りに占有継続の事実があるとしても善意無過失とは云い難く、しかも控訴人中坊は昭和二八年一二月二八日本件土地の占有者稲荷温泉株式会社に対し右土地の明渡請求訴訟を大阪地方裁判所堺支部に提起し、該訴訟は当庁昭和三二年(ネ)第一、二六二号事件として係属中であるから、民法第一四七条第一号に該当し、時効は中断されているものといわなければならない。また仮りに本件土地の取得時効が完成したとしても、その登記がなければ、控訴人中坊、同岩井に対しては時効による所有権取得をもつて対抗することができないと述べた。

証拠<省略>

理由

別紙目録記載(一)(二)の土地がもと堺市浅香山土地区画整理組合の替費地であつたこと、昭和二七年三月二七日中村助次郎が右(一)(二)の土地につき被控訴人主張のごとき保存登記をした上、右(一)の土地については昭和二八年一〇月二九日控訴人中坊実に対し、右(二)の土地については昭和二七年一〇月九日控訴人岩井庄三郎に対しいずれも売買による所有権移転登記手続をしたこと、被控訴人が右(一)の替費地については右組合よりその組合長の承認を得て稲田一郎、阿部儀平を経て昭和一八年六月四日これを譲りうけ、右(二)の替費地については右組合より直接昭和一八年一二月三日これを譲りうけたこと、控訴人黒崎が右組合の組合長の承認を得て右替費地につき被控訴人から自己に名義書換登録をうけたことおよび昭和二三年一二月四日大阪簡易裁判所において被控訴人と控訴人黒崎間に調停が成立したことは当事者間に争がない。

成立に争がない丁第三号証、甲第八号証、当審証人木村直吉、加藤元秋の各証言を総合すると、堺市浅香山土地区画整理組合は昭和一一年一〇月一日都市計画法により設立せられた土地区画整理事業の施行者であつて、右にいわゆる替費地とは、土地区画整理事業の施行者が規約の定めるところにより組合費の一部または全部に充当するため、一定の土地を換地として定めないで替費地として選定し、これを処分しうるもの、すなわち都市計画法第一二条により準用せられる耕地整理法第三〇条第二項による特別処分の対象たる土地をいうものであつて、右替費地の処分をうけたものは組合長の承認をえてこれを他へ譲渡しうるものなることを認めうる。

そして、右替費地は、替費地の指定(特別処分)をうけると同時に従前の所有権者はこれに対する使用収益の権能を失い施行者においてこれを取得し、都道府県知事の換地処分(右特別処分を含む、以下同じ)の認可および告示のあつたときは従前の所有権者の所有権は消滅し施行者において原始的にその所有権を取得するものであつて、施行者たる右組合は右認可告示前といえどもこれを処分してその対価を以て事業費にあてうべく、この場合の処分とは、替費地に指定せられた土地につき前記の認可告示のあつたときは右組合の取得すべきき所有権を当然譲渡することを条件として組合の現実に取得したる使用収益権を譲渡することを内容とする私法上の契約をいうものと解すべきところ、本件(一)(二)の土地を含む右替費地につき昭和二五年一月一〇日大阪府知事の換地処分の認可があり、同年四月一四日その告示のあつたことは成立に争のない丁第五号証、第六号証の一ないし四により明であるから、同月一四日右組合において原始的に右替費地の所有権を取得することになるのであるが、右替費地は認可、告示前すでに処分せられているのであるから、当時右替費地の権利取得者において認可、告示を停止条件として右替費地の所有権を原始取得した右組合からこれを承継取得するものというべきである。

ところで被控訴人は、被控訴人は右替費地を控訴人黒崎へ譲渡したことはないのであるから、その所有権は依然被控訴人に存続すると主張し、控訴人等は控訴人黒埼において右替費地を認可前被控訴人より適法に譲りうけていたのであるから、被控訴人において右替費地の所有権を取得したことはないと主張するので案ずるに、成立に争ない甲第二、三号証、第五号証(丙第一号証)、第六号証の一(丙第二号証)、二、第七号証、丁第二号証の二、三、当、原審証人虎谷杢太郎の各証言、控訴人黒崎本人の当、原審尋問の結果を総合すると、被控訴人は昭和二二年三月頃から控訴人黒崎に貸金債務を負担し、右債務担保のため譲渡担保として本件替費地を同控訴人に提供していたこと、同年七月二六日右債務につき公正証書が作成され、被控訴人は昭和二二年六月一日現在における被控訴人の控訴人黒崎に対する責務が金一五万円であることを承認し、これを同年七月末日限り支払うことを約定したところ、被控訴人は期日にこれを支払わなかつたので、同控訴人は右公正証書によつて被控訴人に対し強制執行をなし、これに対し被控訴人は請求異議の訴を提起したので、同控訴人は被控訴人から交付を受けていた名義書換に要する書類によつて、昭和二三年八月一三日本件替費地の権利者名義を同控訴人に書換登録をうけたこと、被控訴人は右債務に関し大阪簡易裁判所に調停を申立て、同年一二月四日調停が成立したこと、右調停による調停条項は控訴人等主張の通りのものであつて、要するに右債務は金七五、〇〇〇円に減額され、内金五万円については被控訴人の大阪司法事務局に対する供託金五万円を被控訴人において取戻してこれをその支払にあて、残額二七、〇〇〇円は昭和二三年一二月二〇日限り被控訴人黒崎方へ持参支払い、右支払ありたるときは同控訴人は被控訴人に対し被控訴人から譲渡担保として提供をうけていた右替費地を返還することを約したものであるところ、被控訴人は右供託金五万円を取戻したままこれを控訴人に交付せず、また昭和二三年一二月二〇日をすぐるも債務の支払をしなかつたことを認めることができ、原審証人吉田義雄(一、二回)、当、原審証人虎谷杢太郎、当審証人松本半九郎の各証言、被控訴人本人の当、原審尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。すると同控訴人は右調停条項にもとずき同日以後右替費地につき取得した権利を被控訴人に返還する義務を免れ、被控訴人はその権利を喪失したものというべきである。

被控訴人は、被控訴人が控訴人黒崎から昭和二二年三月頃他の債務肩替りのため金借した際、同控訴人から不動産の権利証等があるかといわれ、右替費地譲受けに関する被控訴人と右組合との契約書を示すと、同控訴人はこれは預る、白紙に印鑑を押せ、印鑑証明書がいるとかいうので、わけのわからぬまま被控訴人はこれに応じて右書類を同控訴人に交付したところ、同控訴人はこれを冒用して右組合に対し右替費地の権利者名義書換登録をしたのであるから、同控訴人において右替費地の権利者となる筈がない、かりにしからずとするも右譲渡行為は被控訴人の窮迫無思慮軽卒に乗じてなされたものであるから公序良俗に反し無効である、かりに右替費地につき被控訴人、同控訴人間になんらかの契約が成立したとするも、右は被控訴人が同控訴人に対する債務(元来の債務は被控訴人の岸本要造に対する金一五、〇〇〇円の肩替債務および金二万円の借入債務)につき、その不履行あるときは右替費地の権利を同控訴人一方の意思表示により代物弁済として同控訴人に移転すべきことを約した趣旨であるところ、被控訴人は同控訴人に対し昭和二三年六月三〇日までに右元利金を超過する金一三一、〇〇〇円を支払い債務を完済したから、同控訴人の右予約完結権は消滅し同控訴人において右替費地の権利を取得するいわれはない、また被控訴人は被控訴人の同控訴人に対する債務に関する前記公正証書の作成に関与したことなく、これに記載のごとき債務を負担したこともない、右公正証書は同控訴人が被控訴人より受領した前記委任状を利用し勝手に横田芳春を被控訴人の代理人として作成されたものであつて、かかる双方代理と等しい行為によつて作成された公正証書は無効であり、右公正証書の有効なることを前提として成立した調停は法律行為の要素に錯誤あるものとして無効であると主張するが、被控訴人、同控訴人間の消費貸借上の権利の有無および右替費地に関する権利の帰属についてはその後前記のごとく調停が成立し、しかもこれが争の目的とされたことも成立に争ない乙第一二号証および弁論の全趣旨により明であるから、右調停前かりに被控訴人主張のごとく消費貸借上の権利が存在せず、また右替費地の権利が同控訴人に帰属していなかつたとするも、民法第六九六条の準用をうけ、その権利は右調停により同控訴人に移転または発生し被控訴人の権利は消滅したものとみるべきであるから、被控訴人の右各主張はとるをえない。

被控訴人は、かりに右調停が有効であるとするも、同条項第四項によると右替費地を被控訴人所有の土地と指称し、債務不履行のときの右権利の帰属関係を定めていないから、被控訴人に調停条項の不履行ありとするも直に替費地の権利が同控訴人に移転することはないと主張するが、右調停条項第四項に被控訴人主張のごとき字句を使用してあることは前記認定により明であるが、右条項を仔細に検討するときは、要するに被控訴人が権利を有していた本件替費地が金七五、〇〇〇円の債務の譲渡担保に供されていることを被控訴人において承認し、同控訴人は昭和二三年一二月二〇日までに合計金七五、〇〇〇円の支払ありたるときは右譲渡担保物件を被控訴人に返還し、被控訴人名義に名義書替手続をなすべきことを承諾したことを表示したものであつて、債務不履行の際の右物件の権利帰属関係につき特に明示なくともその際は譲渡担保本来の効果として、譲渡担保権利者において自由に担保物件を処分し、その売得金を債務の支払に充当し得べきものと理解すべく、また本件替費地に関する権利を所有権として表示されているとしても、右表示は法律の誤解に出でたものと認むべきであるから、被控訴人の右主張もとるをえない。

被控訴人は第二三号の替費地については昭和一八年六月、第五六号の替費地については同年一二月三日以降、所有の意思をもつて引続き現在まで占有し、その占有の始め善意無過失であつたから、一〇年の経過によつて右替費地に対する所有権を取得したと主張し、控訴人等は右主張は時機に後れた攻撃防禦方法であるから、却下を求めると申立てるけれども右主張の当否を判断するについて特に新たな証拠調を必要とせず、右攻撃防禦方法の提出によつて本件訴訟の完結を遅延せしめることがないから、これを却下する必要なきものである。

よつて被控訴人の前記主張の当否について判断すると、仮りに被控訴人が当初所有の意思をもつて本件替費地の占有を開始し、占有の始め、善意無過失であるとしても、被控訴人は昭和二二年中に本件替費地に関する権利を控訴人黒崎に対する債務の担保として譲渡担保に供したことは前記認定のとおりであるから、爾後被控訴人の本件替費地の占有は他主占有となつたものというべく、その後前記調停によつて定められた債務の弁済期たる昭和二三年一二月二〇日以後被控訴人が右替費地を所有の意思をもつて占有したとしても、右占有は善意、無過失なるものとはいい難く、弁済期後今日まで二〇年を経過していないことは明らかであるから、被控訴人の主張は採用に由がない。

更に被控訴人は本件替費地につきなされた大阪府知事の認可及び告示の根拠法である耕地整理法は昭和二四年八月四日廃止されたと主張し、土地改良法施行法第一条および同法付則によると耕地整理法が被控訴人主張の日に廃止せられたことが明であるが、前記組合は耕地整理法を準用する都市計画法により設立せられたものなること前認定のとおりであつて、右認可当時都市計画法はなお存続し、かつ耕地整理法の準用による整理についての規定は、土地改良法施行法の施行後でもなおその効力を有することは同法第二条の規定に照らし明であるから、被控訴人の右主張はとるをえない。

してみると、控訴人黒崎は本件土地(一)(二)を含む右替費地を大阪府知事の認可、告示前被控訴人から適法に譲渡をうけ、これを控訴人中村助次郎へ譲渡し、右権利が同控訴人に帰属中前記のとおり認可、告示があつたので、停止条件が成就し、右替費地につき右組合が原始取得した所有権を承継取得し、同控訴人から控訴人中坊は右(一)の土地を、控訴人岩井は右(二)の土地を譲りうけ所有権移転登記を経たことになるので、右(一)(二)の土地の所有権が現に被控訴人に存することを前提とする被控訴人の本訴請求および被控訴人が右土地につきなんらかの権利を有することを前提とする各予備的請求はいずれも失当として棄却すべく、これと異る原判決は取消を免れず、本件控訴は理由がある。

よつて民事訴訟法第九六条第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 岩口守夫 藤原啓一郎 岡部重信)

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